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川崎市生田緑地 民家園に行く2

 


川崎市民家園に行く、鉄道写真つき。知らなかったが東北に関係有る車両もあった。

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山間の谷間にあり、庭もあって良い感じの合掌造り。絵になるね。まさかここが川崎市という感じ。昔は呼吸器系公害病とか光化学スモッグとか沢山有った川崎市だ。今は平和だ。

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これが一番おおきな合掌造りかな。今や世界遺産になったが白川郷でも昔は維持管理が難しくなっていた。特に屋根の葺き替えが萱の材料集めが出来ず、個人では困っていた。ほおっておけば確実に無くなってしまうだろう。そこでわれらが川崎市が(論調変わってない?・・・気のせい)保存のために目をつけて移築したのだ。それはこの生田緑地の有効活用のためでも有る。そして他に類を見ない古民家のテーマパークが出来た。母屋の他にも付属施設のある本格的なもの。

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 金髪の外人さんも居るな。日本古来の文化は海外でも人気だ。

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これが4棟目の施設。



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こまかな説明が有る。白川郷に有った事が明記される。白川郷と言うところは日本海沿いの街から山深いところに離れ、孤立してしまった場所だった。だからこそこんな建築物が残っていたのだ。自分も行って気が付いた。この時はコロン大明神様も同行した。雪が大好きなコロン大明神様は雪に埋もれていた。建築家なんとかブルーノが白川郷は「スイスの幻影だ」と言っていたのを思い出した。(忘れてんじゃん?気のせい)


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もう少し坂道上がるとボロッちいベンチが・・いい味出してる。スットコドッコイペンタK-01で撮影。







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柿の実と合掌造りあうよね。前行ったときは柿もいで干し柿つるしてあった。

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この合掌造りはじつはかつて料亭が店舗として川崎市に移築していたものを民家園の開園に合わせてここに移動したものだ。そのままにしていてもいずれ無くなってしまう可能性も有るし、さすがに賢明な川崎市だ(だから論調変わってるって・・いや、ヨタ5川崎市に住んでていいなって!みんな思ってるよ)。・・多分?)そのせいもあって、いまここは食事どころとしてお店をやってます。2階まで上がれます、見学が出来ます。似たようなパターンでは練馬区の石神井公園の脇に古民家の料理屋が有る。あれどこから移築したやつだっけ?そのうちまた行ってみるか。


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 ここには鉄道車両が有る?これ何?自分は14系だと思っていたが違う!何だこれ?

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日本国有鉄道、日本車両昭和23年?あれなにこの子?


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スハ42だとう?何それ?一体どんな素性の子?


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 なんと上野と青森カ間を37年間に渡り走っていたそうだ。え?そんなこと知らなかったよ。自分は今回青森にはじめて行ったのに、この子はずっと通ってたんだ。すごいねー!


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車内を見てさらに驚き、床が木で出来てる。寝台車などではない座席車だ。つまり上野から青森まで座ったままだ。牽引するのは機関車だ。1日半以上はかかったのでは、すごいもの見てしまった。これそんなすごいものだったんだ。電車だ!ガキが叫んでる。馬鹿な!時代を考えれば機関車だ。

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空調扇風機しかない窓をあければ機関車のすすで真っ黒だ。座ったまま大変な旅行だな。

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 この客車をひっぱていただろうような機関車がそしてそばに居る。機関車「やえもんだ」D51である。

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なんで架線注意って書いてあるんだろう?機関車頭部のヘッドライトがすごく格好いい。イギリス仕様にされた大井川鉄道のC11トーマスは仕様変更されてしまった。日本製機関車のヒロはそのままだ。

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この子は北陸線、山陽線を走山手線から鶴見機関区で昭和45年に廃止。余り地方のドサ回りはしないで済んだ様だ。今は生きた教材として保存されている。

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昭和14年製と言う事は大井川鉄道で見たC61よりも1つお兄さん。つまりは母様よりも2つお兄さんだ。新橋の駅前に何故かD51 の常設展示が有り、なんか意味が不明だったのだが理由が判明した。昭和45年の走り納めの記念走行が行われた。新橋駅から横浜駅までだったそう。新幹線と並走して走り収めをしたそうだ。その車両がいまの新橋駅前に展示されているんだね。その走り納め式をしたので、この車両も同じ昭和45年同時に引退したと言うわけだ。そういうことでいまこの車両が目の前に有るわけだ!真実の追究がヨタ5ブログの目的だ。実は昭和46年に起こった関東ローム層崩壊実験事故の真相にもヨタ5が迫る。単なる偶発事故ではなかったのだ?


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