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紫陽花咲くコロン庭

 ここは実家のコロン邸のコロン庭(てい)である。かつてコロン大明神様が番犬をしていた庭。今はリンが番猫をしている。母親が紫陽花を植えていて季節にはしっかり咲く。



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鎌倉の長谷寺行かなくても庭で充分堪能できる。その上リンの番猫付きだ。

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 色も形も多彩だ。

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 皆さん今年は紫陽花楽しみましたか、少しここでギャラリー。

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しかしもう梅雨も明けそうな関東です。



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 また去年と同じく退院したら蚊がぷんぷん飛んでる。まあ今年は秘密兵器も有るのだけれど。


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 まだ5月の名残が残ってた。


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 またそのうちゴーヤ棚が出来てるな。季節は繰り返す。







KLXの帰還

 入院中ずっとお外で晴れの日も雨の日も病院の駐輪場にお留守番させられていたKLXがやっと自宅に帰ってきた。野ざらしごめんね。

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KLXがんばってたご褒美にカルナバ蝋ワックス塗ってあげるね。シャアラスターインペリアル。ヘグ号も10年以上うちに居たのに2回しか塗ってもらったことが無いと言う伝説のあれ?

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 KLXお留守番ご苦労様でした。塗り塗り・・きれいになった?まあ、カルナバワックスは臭いでお手入れされたのが分かるよね。
完全に乾いてしまうとふき取りがやっかい。


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 あれ?私も塗ってもらった事ないよ。じゃあ良い子になるように塗っとくか。今までずっと動かなかったGN嬢。

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 何だこのワックス3480円もするのか。昔は金有ったんだな。

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 「I宮前」何これ?川崎市宮前区の事です。ドンキで買った。今度これ着てKLX乗るなり。いいでしょカワサキカラー。

え?消費税?8パーセントだって?入院するまで確か3パーセントだったはず。一体いつの話や?


秘密兵器登場 ラケット型捕虫器

 何故こんなものを購入した。実はドンキのグランドオープニングセールの時購入していたのだ。色が気に入ったまあ、そんなところかな。しかしすごく役に立った。入院した日実は蚊に食われて朝方3時くらいまで寝られなかった。蚊に悩まされたからだ。5階だから蚊出ないんじゃあなかった?出ないはずだったのだが。

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こんな商品です。有るのは知ってるけど使ったこと無い人も多いはず。ぷーんぷーん。年取るとモスキート音聞こえないんじゃあなかったんでは?いや全然聞こえるよ。ムカつく!ヨタ5の真の力見せてやる。

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 単三電池2本。入れて黄色のボタン押すとブーンという起動音が、今に見ていろ。

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 そんな事をしているうちにヨタ5の頭の上を電灯を背にして飛び去る蚊。

「小次郎敗れたり


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 小次郎呼ぶなあ!こう見えても今年生まれのギャルなんじゃい。この捕虫器、電源入れると接触しただけで死亡。しかしそのままスイッチ入れたままだととんでもない事に。なんと白い閃光を発してバンと大きな音を発して爆発。いや、こげたみたいです。すごい迫力。

オモチャでは有りません、感電に注意。スイッチ切った後すぐに触らないように注意がある。 

リンは番猫

 番犬なら聞くけど「番猫」って何?実はリンには重大な使命が課せられている。

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 子供の金魚実は真っ黒なのである。そのうち色がつく。これランチュウという金魚。リンに課せられているのは金魚の番?いや、少し違う。

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 大きくなると色がつくがこのランチュウ背びれも無いしブサイクな魚。流線型なんてとこどこも無いじゃ無い。猫だったら捕まえるの簡単そうだが、リンも先代ヨタもお父さんが大事にしている金魚には手など出さない。

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 ちなみに猫は小さい時まるでネズミのようだ。

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ところでりんちゃんさあ?茶色増えてない?えー?自覚無いなあ。

リンちゃんの使命とは。最近横須賀市でも外来種による被害が増えている。[台湾リス」は鎌倉市や伊豆などでも猛威をふるい、電話線を切断したり、農作物を荒らしたり大変だ。うちにも庭のビワを取りに来ていたが、しっかりリンによって追い払われた。木の上に追いかけて地上を走って逃げた。そのあとも執拗に追い掛け回し自宅に近付かなくなった。さすが番猫は違うね!

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何だこの、尻尾のデカイねずみは!





考える心臓

 実はヨタ5また入院していたのだ。なんで?実は6月の19日に入院して本日7月の6日だ。いつの間にか入院して外に出てきたら夏になっている。 もともと脳梗塞になったのには原因がある。これを原疾患と言う。実は心臓の不整脈によって心臓でもみくちゃになった血液がゼリー状になりそれが脳に送られ詰まったのだ。これが脳梗塞の原因であった。今回は心臓の方の治療だ。

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 相変わらず夜景がきれい。多摩川花火大会まで居てね!それ8月19日かな?駄目です。

心臓は実は考える臓器なのだ。良く心臓移植すると好みや性格が変わったり、持つはずの無い記憶が有ったりする事があるというが、ヨタ5に言わせりゃ当然だ。何故なら心臓にはそれ自体に自分でどう動くかと言う事を考えさせる機能を持っている。大脳の指示ではなく心臓に脳を持っているともいえる。そう言うと語弊があるが、少なくとも昆虫の神経球に当たるものを持っている、神経球はシナプスなどの神経の固まりだが、昆虫ならば仮の脳として働く。そうヨタ5は心臓が補助脳になっているのだ。3ヶ所程あるようで、それぞれ違う指令を出しており、忠実に心臓が動くので、頻脈になるし不整脈にもなる。昔の恐竜には脊椎に沿って小さな脳が沢山配置されて居たりしたそう。体が大きく、全てを制御するのが難しかったそう。脳は1つしかないとは限らない。

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 誰ですか?ナースコールを秒間20連打した、高橋名人のような人は?
 さあ、一向に存じません(ヨタ5)

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やっぱり入院時に必要なもの。ワンセグ憑き(またそれ?)ポータブルナビWITH AC電源。

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 点滴逆流してるよ!
 逆噴射!(やめてください機長)
くらあえええ(ヨタ5)

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ふうつ、新型かあ?

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 去年はテレビ見てたら熊本の「地震速報」あったけど、今年は、福岡大分の緊急警報だった。その他は「このはげー」ばかりなり。

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正確な運動量を測る機械。機械式時計だし本当に機械。入院直後まったく動けない時は、一日で2-3時間も遅れる。少し歩き回れば2-3分くらいの遅れで済む。運動しすぎると2-3分早まる。4時58分にタイムカード押して早退にレッドカード天下無敵のオリエント日本製。自分のSEIKOのブラモン(ブラックモンスター)は中身香港製でそれほど正確さは無かった。最近は日本製ムーブメントも有るよ。

利根川水系大暴れの謎

 実は利根川が関東で大暴れしていた形跡が自分の身の回りにもある。皆さんは知ってましたか?関東に住んでないから知らないと言う人も勿論いるでしょう。でも有史以前はこんなことも起こっていたのです。関東平野が平なのはそれが原因でもあります。

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 ふと横須賀の実家にて周りを見渡すと、変なものがあるぞ。変なもの?ところどころにあるよ。これなんだ?「泥岩」です。泥岩は川の河口あたりに堆積して出来た粘土質の石です。これがあるということは川があったんだなということ。しかし自宅は山の上です。土地が隆起して今見ることが出来ます。土地が隆起したのはいいったい、いつ日本列島が出来た時かも?まあそれは知らないですけどね。この近辺に川が有ったと言うことでしょう。

では泥岩は他にどこで見つかるかな?

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 探しに行こう。個々は横須賀市鴨居の海岸近く。何故駆逐艦「村雨」の碑がある?

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 ソロモン諸島で沈んだのに?なんかここ鴨居で修理したって?だって漁港じゃん分からんなそれ?

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 砂浜だし無理そうだけど・・。

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 本題:海の中に泥岩が有るじゃ無い。ということは川の跡か。今は海なのに。

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 三浦半島にはこんなところ沢山有るよ。海の中に川の形跡が埋ってた場所。

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泥岩の中に水草かなんかが取り込まれてる跡かな?こういう岩なら化石もあるのだ。

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 こちらも海辺に泥岩があり。何か無いかな?

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 何か確かに有るな。足跡もある?え?三葉虫の足跡「グルジアナ」そりゃあないです。日本列島が出来たのはせいぜい1億3000万年位前?三葉虫は4億年くらい前にいた。そんなに古いんだな、なんだか結局不明な足跡化石です。

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 そのままの勢いで三崎まで行ってみた。やはりここも似たような地層。しかし波に侵食されたかな。

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 キレイに地層出てるね。

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 やっぱり何が泥岩層に入ってます。泥岩は柔らかいので取り出そうとすると壊れるよ。見るだけに。筒状のもの?生き物の痕跡。わかんないですけどね。





浦賀城(北条氏)

  最初に言って置くがこの浦賀城についてその構造や機能を解き明かした人は誰もいない。
 何故ならその場所すら不明確で構造など知られる由も無かった。しかし知ってしまうと、

 単なる山城とは思えない巧妙な仕掛けと、心理戦、絶妙に土地の地形の生かした信じられないような構造に驚くはずだ! 実は名城中の名城だと気がつくはずだ。難攻不落の城なんてレベルではない。 
 
 では見て行ってみよう。本当はどこにあった?何故自分は知っていた?実は小学校の頃からここに住み、山の中を駆けずり回って、山中で遺構を発見していた。中には信じられないようなものも・・。実はこれ、訳があって転載させてもらった。考えられているより北側にあり。東浦賀1丁目辺りこのスケッチは北条氏の有印公文書の写しである。城の見取り図なので表に出ることが無かった。当時後北条氏は房総半島の里見氏と対立していた。北条氏の支城は関東各地に存在していた。最後に小田原城が落城した。そもそもこの城が落ちる事は無く、小田原城落城で自然消滅した。

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 残念ながら方角が全然合っていない。その部分だけ修正させていただきました。

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写真が無かった時代の西洋人によるスケッチ。結構海に飛び出た部分が存在していた。江戸以降は護岸工事によってそんな風景は見られなくなった。江戸湾浦賀と記載されている。

当時は里見氏による軍勢の脅威にさらされていた北条氏は江戸湾(最近は東京湾と言う)を渡ってやってくる安房里見氏の軍勢に悩まされる事に。しかし2重3重にも張り巡らされた罠には太刀打ちできなかったであろう。

 この城を設計した北条氏の人間は信じられないほどの切れ者であったと言える。

 まずその仕組みを一つ一つ見ていってみよう。浦賀湾に張り出した物見やぐら跡。。周りには堀切やひな壇がめぐらされていた。

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このやぐらが有った跡地は既に山が削られ現在は存在しない。その下に円形ひな壇があった。なぜかこの辺にはまったく無い竹がこのやぐら跡の先端には植えられていた。もちろん足場が崩れないようにしていたのだろうが不思議な光景だった。まわりをひな壇が取り囲んでいたが、現在は時代の移り変わりとともにすべて消失した。でもここに自分と言う生き証人がいる。全てを見つけていた。竹は北条氏の時代からの名残であったのか?

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横須賀市は東叶神社の裏山を浦賀城といっているが、叶神社が襲われていたことからそんな風に考えたとしても無理は無い。しかし、こんなところに城を作ったら孤立して皆討死にするだろう。この浦賀城を設計したのはそんな馬鹿ではない。恐ろしいほどの知力に長けた人間だ。
 
まず浦賀湾に侵入した里見軍が最初に見たものは、浦賀城の物見やぐらと山の中腹にある「円形ひな壇」だ。わざとそこに目立つように「円形ひな壇」という他に類を見ないものを作ったのだ。どこからでもお前達の行動はお見通しであるという事と、敢えてこちらに城があるぞと言う事をアピールした。しかしこれは最初の罠だったのだ。場所的に東叶神社の前辺りから上陸。確かに実際に東叶神社が里見氏によって焼き討ちされた事実がある。実際は浦賀湾の入り口から近かったので狙いやすかっただけだ。

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東叶神社。浦賀湾の入り口にあり。
 

そして誘導されるように円形ひな壇に向かった里見氏は不意を突かれて右手から山を下ってきた北条軍に襲われる。そして先に進むと後ろを取られてしまう。しかし円形ひな壇の下まで来て里見軍の軍勢は立ち往生。何故ならこの場所は湾を囲った山の中でももっとも傾斜のきつい場所になるからだ。この傾斜を登るなんて無理。自然の要害を最大限に活用した。鎧兜などつけて上がるなんて絶対に出来ない。心理的にやる気を失うのを狙った。第1の心理戦である。

またひな壇が円形である事から上からは周りが見渡せても、下からではその全容が知れない。疑心暗疑に陥った里見軍が矢を射掛けてもおかしくない。第2の心理戦である。一体何が有る?
 この円形ひな壇は直系8メートルほど。端は座れるようにか 段差がついているような構造。2重になっており中心が更に掘り下げてあった。急な斜面の中央辺りに有った。そしてそのすぐ真下は急激な斜面。子供の自分はここから落ちて上がれずに苦労した。何故ここだけこんなに傾斜がきついのか?途中で樫の木に引っかかり事なきを得た。子供心に気がついた、何かこの場所には意味がある。この辺の山を散々歩いて回ってもこんなものは見たことが無かった。この円形ひな壇は矢を射掛けて届くか届かないかギリギリの距離だ。下手に里見軍が矢を射掛けても手持ちの矢を失うだけだ。次の行動に出るための戦力も失う。やはり地元でなく敵地に乗り込むのは相当のリスクを伴うこととなる、また下から上に向かって放った矢では充分な威力は発揮できない。

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敢えて通常のひな壇のような直線的なものでなく、円形のひな壇にしたのは敵の戦力である矢を浪費させる目的のほかにもう1つ、次のステップでは自軍にも大量の矢が必要になる。敢えて敵にそれを使わせその後は回収したと考えるのが、ここまで戦略的な考え方をする人間なら当然であろう。今のような規格が決まっている兵器と違い、当時のものは使い回しが出来るので敢えてそうしたはずだ。第2の罠である。この戦いが終わる戦国時代の最後1590年まではやはり武器として矢が利用されていた。1500年台中盤には鉄砲も伝来したが、まだ一般的ではなかった様だ。父親によると円形ひな壇に下に更に背の高さほどの石垣があったそうだ。



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 しばらく進むと今度は北条軍駐留地に上がる小さな道が右手にあるのに気がつくはずだ。しかしこれがまた第3の罠である。そこに侵攻してしまったが最後。細いV字型の道には両サイドから矢を射掛けたり槍で突く北条軍が現れる。散々な犠牲を強いて先の駐留地にたどり着いた里見軍はとんでもない光景を目撃することとなる。これが第3の心理戦だ。

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ちょうど京急のバス停の脇辺りから上がり道がある。
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ここにに入り山を登り始めたらそれこそ敵の術中にはまる。北条軍が両サイドから攻めてくる。危険すぎる。

 なんと北条軍をたたくはずなのに駐留地はもぬけの殻である!やっとここまで来たのに。何かたくらんでいるのかという不安感、しかしそれは最後に的中する。

 一体どこに行ったのか?半分は先ほど右手から突然現れて里見軍を襲った連中だ。この時点で後ろは完全に北条軍に囲まれてしまった。
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駐屯地跡地。昔は結構奥行きも広く幅も広かった気がするが、自分の身長が180センチも有るといまや狭く感じる。奥はずいぶん森に侵食されてしまった。

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 実はかつてここに石垣が残っていたが今や発見できない。

 仕方なく先に進むと第3の罠が。この先は左手に斜面が広がりまさに矢を射掛けるのに好都合、
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無理に突破しようとしても全方もまた傾斜になっており正面から矢が射掛けられる。その先は狭くなっておりやぶの中から槍などで突かれる。やっと登ったかと思うと今度は左手が切りたった崖であるまた矢が射掛けられる。
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もうここまで到達できる兵士などいるのか。今度はまた正面から矢が射掛けられる。もうそそろ本丸だが里見の友軍は残っていなさそうだ。

 では、北条軍駐留地にいた残りの軍勢はどこに消えたのか?
なんとここが非常に絶妙で驚く最大のポイントだ!浦賀というのは浦賀湾を中心に山の尾根が斜めに走る独特の地形だ。

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 この北条軍駐屯地裏の尾根沿いに既に移動していた。
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これは浦賀湾を描いた江戸時代の浮世絵。手前湾に沿って斜めに走る尾根がなんとなく分かるだろう。手前は東側向こう側は西側である。手前右側に向かうと現在の京浜急行浦賀駅の方向である。

駐留地東側山の尾根を伝って残りの軍勢は進んでいた。なんと現在の京急浦賀駅近くまで進める。実際自分もこの駐留地の東尾根から浦賀湾奥方向に行けるのを経験済みだ。小学校の頃学校帰りにそんな事もしていた。

 
 そして、背中をとられ仕方なく現在の浦賀駅方向に進むしかなかった里見軍は、とんでもない光景を目にすることとなる。突然右手から北条軍が進撃してきて行く手を塞がれてしまったのだ。これが第4の罠だ。ここで里見軍は気がつく。挟み撃ちに遭ってしまった。
浦賀城が!難攻不落の城なのではなく、落とすこと自体出来ないようにそもそも設計されていた城だったのだ。第4の心理戦、そもそもわれわれの計画は無理が有った。もうここまでだ里見軍を撤退させろ!全滅したとはとても報告できぬ。ここまで到達すれば駅前から今度は西浦賀側に向かって湾に沿ってV字型に折り返す。船を回せ退却するぞ。対岸から矢を射掛けてくる北条軍がいます!もうここまで来て無駄に争うな。反転せよ!我々は完全に敗れたのだ。全滅させては意味が無い、浦賀城の攻略自体が無理なことを安房里見氏に知らしめる必要がある。撤退を阻止せずとも良い。浦賀城の設計者はやはりここまで考えていただろう・・。しかし里見軍たぶん最初の罠、土手から側面攻撃を受けた時点で気がついて撤退していたようだ。この当時の戦略としては側面から攻撃されるのが最高に都合が悪いだろう。この浦賀城は側面攻撃の罠がその後何重にも待ち構えていた。里見軍が馬鹿ばっかりで予定どおり進撃していたら大変有名なエピソードが生まれただろうが、里見軍もそんなに馬鹿じゃあ無い。ちなみに安房里見氏というのは「南総里見八犬伝」で有名な里見氏です。


 そしてこの浦賀城後ろからの攻略も難しい何故なら尾根づたいに移動した北条軍がまた後ろから攻撃できる体制が作れる状況にある。残留軍と合わせて挟み撃ちが出来る。何から何まで徹底的に考慮しつくされた城の構造。

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 浦賀城裏側。余りの傾斜地ゆえに攻略は難しい。

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 右手を見ても尾根が続いており(現在は切り通しあり)。いまのかもめ団地や鴨居に上陸されてもすぐに伝令が届いただろう。

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 残念ながら今は物見やぐら跡、円形ひな壇、通常ひな壇、石垣共に何も無い。